孤立を支えた能登のSS
1月1日に発生した能登半島地震。最大震度7を観測した現地では大きな揺れで倒壊した建物や津波で流された地区など、被害の全容さえもいまだ十分には把握されていない。石油製品の供給に関してみれば、能登半島の付け根にあたる地域一帯の道路が至るところで陥没・損壊したためタンクローリーが半島内に入れず、さらに港では津波の影響で転覆した船が浮遊していることから海上からの燃料輸送も困難だった。発災から数日間、能登半島内のSSは在庫の燃料を頼りに供給した。
最大震度を記録した志賀町をはじめ輪島市、七尾市、珠洲市、羽咋市、穴水町、能登町、中能登町、宝達志水町の4市5町には65ヵ所の組合員SSがあり、この中で中核SSは7ヵ所、住民拠点SSは34ヵ所である。
地元の石川石商をはじめ全石連は資源エネルギー庁などと連携して、地震発生直後から半島内の組合員SSにおけるスタッフの安否確認と営業の可否、在庫量の把握に取り組んだ。発災直後からこれらのSSに繰り返し電話をしたが、2日夕方までに電話に出たSSが十数ヵ所、停電などで通信自体が途絶えているのか呼び出しコールそのものをしないところが20ヵ所弱、そのほかにもコールはするものの応答がないSSがほとんど、という状況だった。
電話に出たSSから話を聞くと、かろうじて被害を逃れ、営業可能だったことから店舗を開け、「1人2千円分」と給油量を制限しながら供給したという。緊急車両のみに対応したSSもあった。病院や福祉施設、避難所などからの燃料配送の要請も多く、在庫を持つSSは必死に油を運んだ。そのスタッフたちも被災者の1人でもある。
2日午前中に急きょオープンしたSSでは「すごい数のお客さんが並んでいるため休みなしで給油作業を続けた。スタッフも出て来られないから1人でやらざるを得ない。午後2時過ぎにはガソリンが在庫切れとなり閉店した。閉店したから電話にも出られた」と話す。地元のお客さんの要望に応えるため店を開け、在庫を枯らすまで営業したSSが数多くあったと思われる。
実際にどのような苦労があったのかは次第に明らかになるだろう。過去の震災と同様に、能登のSSも“最後の砦”として地元の人たちの命を支えるため、必死に供給に取り組んでいる。それを全国の仲間たちが応援している。「頑張れ、能登のSS」。